みなさん、こんにちは。
時雨です。
いつか四国へ行ったら、「ここへ行きたいなあ」と思っていた所があります。
それは、香川県高松市にある「安部晴明の墓」です。インターネットで調べても、「安部晴明の墓」として出てくるのは、京都の「安倍晴明墓所」ばかり。香川県の安部晴明の墓の情報はあまりなく、それならばいつか自分で行って見たいなあ、と思っていた次第です。
徳島県に続き、香川県にも行きましたが、徳島県より、私がイメージする四国っぽさがありました。


古い町並み、歴史がある霊場、そして個人のセルフうどん店がとにかく多かったです。そして、うどんのクオリティも半端なく美味しい、と。
安部晴明とは

安部晴明の墓の様子を届ける前に、安部晴明について触れていきます。
安部晴明は平安時代中期に活躍した陰陽師のこと。陰陽師とは、中国の陰陽五行思想に基づき、暦の作成、天体観測、占いや地相の判断、および魔を祓う祭祀や呪術を担っていた人のこと。安部晴明は今で言う公務員で、国の運営にも関わっていたそうです。
【主な役割】
・暦の編纂(へんさん): 太陽や月などの天体の運行に基づき、今でいうカレンダーを作り、日取りの吉凶を定めた
・天文道(てんもんどう):天体の運行や異常気象を観測し、異変や未来を占うこと
・祭祀・呪術: 疫病や災いをもたらす鬼を祓ったり、害獣を退治したり、土地の浄化などを行った
安部晴明は謎が多く、出生地は大阪府大阪市阿倍野区、茨城県筑西市、奈良県桜井市などが有力のようです。京都を拠点とした後、全国にわたり、さまざまな伝説・逸話が生まれたそうですね。
ちなみに亡くなった年齢は85歳という記録が残っているそうです。病没する直前まで一条天皇や藤原道長に仕え、生涯現役を貫いたようですが、亡くなった正確な場所は諸説あるが、確定には至らないようです。
そんな中で香川県高松市は安部晴明のゆかりの地として知られています。晴明の出身が香川県で、同県には「冠纓神社(かんえいじんじゃ)」があり、安倍晴明が神主を務めていたという伝承があるようですね。歴史は続いており、今の冠纓神社の境内社には「安部晴明神社」があります。
そして、冠纓神社のそばに天福寺というお寺があるのですが、そこに安倍晴明の墓があるのです。
天福寺について

香川県高松市香南町にある真言宗御室派の寺院。本尊は薬師如来。四国三十六不動霊場第32番の札所になっている。
天平年間(729年 – 766年)に行基が諸国行脚の際に当地を訪れ、由佐の音谷を仏法相応の霊地と感得して薬師如来像を刻み、一堂を建てて安置し、美應山宝勝院清性寺としたのが始まりで、その後、空海が四国巡錫の折に、この寺に来遊して真言宗の道場とした。そして、これを信仰した四条天皇は讃岐国司の橘公忠に命じて、音谷清性寺を現在の地に移して天福寺と改号した。
安部晴明の墓と言っても、観光名所になっている訳ではありません。じっくりと境内を探さないと、わからないレベルでした。

お寺の裏側にある開けた土地にひっそりと佇んでいます。


どこか物悲しさがある墓でした。墓参りをすると突風が吹き荒れたので、空のお墓という訳ではなさそうです。飛行機の時間が迫っていたので長居はできませんでしたが、お墓参りができて良かったです。
アクセス
JR高松駅より車で30分
高松空港より約2km、車で約5分
〒761-1401 香川県高松市香南町岡1077