数年前の話ですが、ゴールデンウィークを利用して奈良県に旅行に行きました。目的は奈良県桜井市にある「安部文珠院」という安部晴明ゆかりの寺院を訪ねるためです。
そのほか、神社巡りや街巡りをしたいという目的もありました。
私が奈良の旅で思い出に残っているのが奈良公園です。

平然と街中に鹿が歩いているのに、地元の人は全く驚かない、いつも通りの光景として認識していたところです。現地の人と一時の観光客では考え方、感じ方が違うとは思うのですが、「人と動物が共存している、いい街」だと感じました。
安部文珠院を訪ねた後、奈良県をあちこち周りたいと思い、近鉄郡山駅に途中下車することに決めました。大和郡山市は江戸時代から続く日本有数の金魚の生産地。郡山城跡、古い町並みと共に、街歩きを楽しめると、事前に調べていたのです。

染物もまた名産ということで、お土産に買っていこうと思い。紺屋町というエリアを歩いていた時のこと。一社の稲荷神社に巡りあいました。その神社の名前を源九郎稲荷神社と言います。
私は稲荷神社によく参拝に行きますが、行かない人の話を聞くと「稲荷は怖い」「おどろおどろしい」というイメージがあるようですね。
余談ですが、稲荷神社と相性が良い、ご縁がある「稲荷系」の方達はそもそも稲荷を怖いと思いません。「怖い」「おどろおどろしい」と思った時点で、稲荷系でない可能性が高いです。
実際、京都の伏見稲荷大社の稲荷山に登って、そんなイメージを抱く方も多いようですが。今回お伝えする源九郎稲荷神社はそんなイメージとは真逆のアットホームな神社です。
源九郎稲荷神社について


奈良県大和郡山市洞泉寺町に鎮座する神社。源義経が吉野に落ちのびた時、白狐が側室静を送り届けその謝意として「源九郎」の名を贈った話があり、それが社名の由来になったそうです。
また、童謡『やまとのやまとの源九郎さん』に歌われている場所であり、地元では「源九郎さん」の呼び名で親しまれている場所。境内の規模は小さいが、日本三大稲荷、近畿二大稲荷、関西三大稲荷に数えられることも。
4月の第一日曜日には、白狐面をつけた子供行列が歩く「源九郎稲荷春季大祭」が開かれます。
源九郎稲荷神社の由緒について
源義経が兄頼朝との戦に際し、義経は幾度もこの稲荷に助けられたことから、この稲荷に源九郎の名を贈ったという伝説が、社名の由来となっている。
天正13年(1585年)9月、翁の姿をした源九郎と名乗る白狐が大和国の長安寺村の宝譽という僧の前に現れ、茶枳尼天(稲荷)を郡山城の南に祀れば城の守護神になろうと告げた。宝譽は郡山城主の豊臣秀長にこのことを告げると、秀長は城の南に洞泉寺を建立して宝譽を住持とし茶枳尼天を祀らせ、自らも洞泉寺の境内に源九郎稲荷大明神を祀らせ、城の鎮守としたと伝えられている。また、遠く吉野川のほとりにあった源九郎狐の社をこの地に移したともいう。
享保4年(1719年)に現在地に遷座。1925年(大正14年)に現社殿が完成している。
【ご祭神】
・宇迦之御魂大神
・源九郎稲荷大明神
源九郎稲荷神社に参拝して感じたこと



境内では稲荷神社特有のピリピリとした感じ、怖さがなく、どちらかと言えば優しくてアットホーム。
例えるなら、田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの家で過ごすような、のんびりとした時間ですね。近所の人が神社境内で雑談をしたり、子どもがゲームをやっていたりと、皆、思い思いの時間を過ごしていました。稲荷神社が怖いという方にこそ、行って欲しい神社です。
動画はこちら↓↓
住所:近鉄橿原線 近鉄郡山駅下車 徒歩約7分。

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