188柱の神仏を祀る唯一の社 御岩神社参拝

きっかけはネットの記事か、YouTubeの動画か、はたまたテレビの放送か。

宇宙飛行士の向井千秋さんが、宇宙から地球を見た時に、日本列島の一部が光っていたと話しており、その場所が御岩神社のエリアだったそうです。

ずっと行きたいと思っていた御岩神社ですが、このたび連れていってもらう機会があり、参拝することができました。

今回はそんな御岩神社に参拝した時の内容を記事にしています。

目次

御岩神社について

御岩神社は、茨城県日立市入四間町にある神社です。

入四間町はどんな所かというと、御岩神社を筆頭に豊かな自然に囲まれた、山間地域の町。オートキャンプ場、ハイキングコースがあったり、家族連れがよく訪れる地域です。

そんな場所に鎮座する御岩神社は常陸国(ひたちのくに)の最も古い霊山と言われている御岩山の麓にあり、古代信仰や神仏習合が色濃く残っています。

神仏習合の場所なので、神様だけでなく、仏様も祀られています。これは他の神社には無い特色と言えるでしょう。

御岩神社の由緒について

創建は不詳。『常陸国風土記』に「(御岩山の古称である)かびれの峰に天つ神鎮まる」の記述がある。また、御岩山山中から縄文時代晩期の祭祀遺跡が発掘されており、古代より信仰の地であったと考えられている。

江戸時代には水戸藩初代藩主・徳川頼房が出羽三山を勧請し水戸藩の国峰に定め、歴代藩主は参拝するのを常例とした。第2代藩主・光圀により大日如来を本地とした御岩大権現に名称が改められた。第9代藩主・斉昭は敬神廃仏の方針から神仏分離を行い、御岩神社を唯一神道に改め、僧侶、修験の神社奉仕を禁じた。さらに明治期の廃仏毀釈により、大日堂、仁王門等が取り壊されたが、現在でも仏像が祭られているなど、神仏習合色が色濃く残っている。

wikipediaより引用

凄いと感じられるのが歴史の古さです。

奈良時代初期の712年に編集されて、721年に成立した書物『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』があるのですが、御岩山のことが記載されているそうです。1,200年以上前から、神々が住む霊山として知られていたということ。ただの神社ではありません。

【御岩山について】

御岩神社が鎮座している、御岩山についてです。古くから信仰の山として知られており、山伏などの修験者が登拝したようです。標高は約530メートル、山全体に188柱の神々が祀られていると言われています。頂上からは那須連山を一望にでき、ハイカーからも支持を集めている霊山です。

【ご祭神】

数えきれないほどの神々が祀られているので、御岩神社のご祭神の一部をお伝えします。

代表的なのが
・国之常立神(くにとこたちのみこと)
・大国主命(おおくにぬしのみこと)
・伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)
・伊邪那美尊(いざなみのみこと)
などになります。

御岩神社の境内について

時間の都合で全部周れませんでしたが、御岩神社の境内をご紹介します。入口に杖があるので、体力に自信が無い方、足が弱い方は、ここで借りておきましょう。

祓戸神社

入り口の社務所を超えてすぐの所に祓戸神社(はらえどじんじゃ)があります。祓戸神社は祓戸大神と呼ばれる、4柱の神様が祀られています。

・瀬織津比売(せおりつひめ)
・速開都比売(はやあきつひめ)
・気吹戸主(いぶきどぬし)
・速佐須良比売(はやさすらひめ)

人々の罪や穢れを祓う力があります。本殿に参拝する前に祓戸神社でお参りし、心身を清めてから向かいます。

私の個人的な見解ですが、こちらの祓戸神社、本殿や奥宮に行く前に参拝するのが、正式というか正しい順序なんですが、「参拝しなくても良いのではないか?」と思いました。

というのも、良い意味で御岩神社の力が強すぎるからです。

私が驚いたのは御岩神社の境内に近づくにつれて、目に見えない悪いものが、身体の外側から抜けていく感覚がしました。入口に入った時点で、それくらい力が強い神社という訳です。

※もちろん、祓戸神社は参拝した方がいいです。

参道

御岩神社の参道は戸隠神社の奥社への道とちょっと似ています。壮大な杉並木が続く、神様、仏様への道といった感じでしょうか。目に見えない圧が凄いため、弱っている時の参拝はおすすめできません。

そのほか、恋愛がうまくいくようにとか、金運あげたいとか、個人の願掛けを軽々しくするような場所ではないと感じました。

三本杉

推定樹齢は500年。茨城県の天然記念物に指定されています。幹の周囲が約8メートルあまり、高さは約50メートルほどあり、そのスケールの大きさに驚きました。

別名で天狗杉と言われていて、天狗が棲んでいたという伝説もあるそうです。この杉は何か祀られている訳ではないですが、この木そのものが神様の一柱だと私は感じました。

余談ですが、三本杉の写真を撮っている方が多かったです。

桜門(ろうもん)

御岩神社を象徴する門です。神社でありながらお寺のような雰囲気が感じられます。

門の左右には金剛力士像の(阿形(あぎょう)と吽形(うんぎょう)がそれぞれ立っています。

阿形と吽形は2体で1組で、「阿吽の呼吸」の言葉の由来にもなっています。これらの像は悪霊を追い払う守護神としての役割があるのです。

洗心の池(せんしんのいけ)

参拝の道中で、精神の汚れ、ネガティブな考えなどを洗い流す場所です。不思議な話なのですが、この池の付近だけ、境内のどこよりも静寂でした。

後生車(ごしょうぐるま)

別名で菩提車(ぼだいぐるま)とも呼ばれるそうです。中の車を上へまわすと現世の願い、下へまわすと後生の願いがかなうと伝えられているそうです。

斎神社回向殿(さいじんじゃえこうでん)

造化三神と呼ばれる、天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、高皇産霊神(タカムスビノカミ)、神皇産霊神(カミムスビノカミ)の三柱のほか、夫婦神である八衢比古神(ヤチマタヒコノカミ)、八衢比賣神(ヤチマタヒメノカミ)が祀られている神社です。

神社は神恩感謝を含む祈願をする場所ですが、御岩神社のこちらの斎神社回向殿(さいじんじゃえこうでん)は供養の場としての役割があります。阿弥陀如来像が祀られており、先祖供養、水子供養など、亡くなった人、子などに気持ちを向ける場所となっています。

大日堂(だいにちどう)

大日堂とは、大日如来を本尊として祀る仏教のお堂のことを言います。

こちらには大日如来、阿弥陀如来が祀られていて、江戸時代後期は「御岩大権現(おいわだいごんげん)」のご本尊として信仰されてきたが、明治時代に入ってから、神仏分離政策が行われました。
神仏分霊政策とは、それまで混ざり合っていた神道と仏教をはっきりと分けなさいという制度改革です。これにより、御岩神社の如来の存在が危うくなりましたが、氏子によって護られ続け、現在に至るそうです。

御神橋(ごしんきょう)

神社や神域の境内にかけられた、神聖な橋のことを御神橋と言います。

本殿

徳川家との深い結びつきが感じられる、三つ葉葵の紋が印象的です。ほとんどの方がこの紋を知っているのではないでしょうか。

【奥宮への道】

この先の登山道から奥宮のかびれ神宮へ行けます。かびれ神宮は御岩神社の奥宮で、江戸時代には水戸藩の祈願所だったそうです。今回は準備をしていないので、引き返しました。

御岩神社で感じたこと

御岩神社を参拝した感覚なのですが、針が全身に突き刺さる感じがしました。

御岩神社が鎮座している御岩山から、こちらに向かって、針のようなものが飛んでくるイメージです。漫画でよく集中線が出てくるシーンがありますが、イメージは湧きますでしょうか。

集中線は漫画やイラストでキャラクターや物に読者の視線を引き付けるために、書かれる無数の線のことですが、これが自分の身体に向かって飛んでくる感じがしたのです。

私が本殿で参拝した時、何も感じませんでした。

というより、御岩神社の境内に入った時から、神様仏様の集中線のようなものがぶわっときて、既にそういったお力を感じていて、マヒしていたのです。

なので、御岩神社の本殿でお参りしようが、境内の参道で祈りを捧げようが、本質は変わらないと思いました。

そして、もう一点。不思議な話なのですが、自分が小さい蟻のように思いました。神社のスケールが大きすぎて、自分があまりにも小さすぎて、釣り合わないのです。「また御岩神社に行きたいな」と思うんですが、同時に「もういいかな」とも思うのです。

凄すぎて後ろに引いてしまいます。身分相応というか、私がいつも行っている神社の方がしっくりくるという感じですね。

本当にすごかったので、みなさまも機会があれば訪れてみてください。

動画アップしています。

動画はこちら↓↓

【アクセス】

〒311-0402 茨城県日立市入四間町752

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この記事を書いた人

榊研究家/榊セラピスト/YouTuber/鑑定
立正大学心理学部臨床心理学科卒

霊障を発作し、それによる引きこもりの経験あり。
山形・出羽三山神社の山伏に榊を使った浄化法を学び、救われた過去を持つ。今は元気。
書籍:飛鳥新社『悪い気は植物が吸ってくれる』
飛鳥新社『神様がいる神社 いない神社』
神社鑑定、神棚鑑定、第六感を使った鑑定、執筆などがメイン。

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