茨城県の御岩神社に参拝に行ってから、神仏習合の場が気になっていました。
神仏習合の神社の代表格、御岩神社の記事は下記よりご覧になれます。↓↓

神仏習合の場を調べると、豊川稲荷、熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)など、有名な所が出てきますが、今回はネットの情報も含め、ほとんどの方が知らないであろう、東京都練馬区にある本覚寺(ほんがくじ)の境内にある北野神社(天満宮)に参拝した時の記録を記事にしています。
こじんまりとした寺院の中にある寺風の神社は、美しく、感動さえも覚えました。
本覚寺について
最初に北野神社(天満宮)が鎮座している本覚寺についてです。
本覚寺の由緒について
本覚寺は日蓮宗、雑司ヶ谷の法明寺末で、山号を法光山といいます。創建は江戸時代初期と考えられ、寺の記録では開山は日栄上人(寛永19年)と伝わり、「新編武蔵風土記稿」では開山は日圓上人、開基は法光院常蓮と記されています。
本覚寺の天眼願満日蓮菩薩像は、室町時代の作と伝えられ、近在はもちろん江戸市中からの信仰も集めてきました。門前にある日蓮上人五百遠忌題目碑は、安永2年に江戸下町の講中と、土支田村の人々によって建立されたものです。寄進者の中には、土佐藩の江戸藩邸の女中が名を連ねており、信仰層の広さがうかがえます。
北野神社(天満宮)は、旧土支田村の名主であった小島家の伝えによると、江戸時代初期に同家の鬼門除けとして建立され、次第に村人から「八丁掘の天神様」とよばれ崇敬されるようになりました。北野神社には奉納された江戸時代以降の絵馬が数多く残っています。ご祭神の菅原道真に学問の向上成就を祈願したものでしょう。
北野神社は、江戸時代末期までは本格時が別当をつとめる天神社でしたが、明治期の神仏分離により北野神社を称しました。現在も神仏習合時代のたたずまいを残しています。境内には法光稲荷陣屋も祀られています。
本覚寺の掲示板より
本覚寺の境内について
神仏習合の名残が残っている寺院ですが、言葉で伝えるよりも写真で見た方がわかりやすいと思います。
まずは入口、天満宮と書かれた鳥居が目に映ります。


そして、鳥居の奥は寺院の境内です。

寺院は別の門からも入ることができます。つまり、寺院の中に北野神社(天満宮)があるということ。

手水です。


北野神社(天満宮)の本殿です。よく見ると、鈴ではなく鰐口。中には菅原道真が祀られています。鰐口を鳴らすと「ゴーン」という音がしました。

寺院と神社が隣接した、まさに神仏習合が色濃く残る場所です。ちょっと感動してしまいました。



絵馬とおみくじがありました。

御朱印、御守りなどをお受けする場所。

法光稲荷神社です。

鬼子母神が祀られています。

東照大権現が祀られています。



亡くなったワンちゃん、猫ちゃんが眠る墓。本覚寺の敷地にはお墓があります。
参拝して感じたこと
神仏習合の神社に行くと、お力が強い場所が多いように思います。明治時代の神仏分離政策を乗り越えた強さ、人々の祈り、歴史がそこにあるのでしょうか。
こちらの北野神社(天満宮)。普段、菅原道真が祀られている神社で、パワフルな感覚を覚えたことはなかったのですが、力強さを感じました。
個人的に気になった点
・参拝方法について
・初詣はどうなっているのか
・御守り、お札について
などが個人的に気になりました。
改めて参拝した時、また記事にしたいと思います。
かなりおすすめです。
【アクセス】
〒179-0071 東京都練馬区旭町1丁目26
都営大江戸線光が丘駅より徒歩約15分

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