【一種の修業】お百度参り(100度参り)の方法 開運

神社の境内でこんな石を見たことはありませんか?

有人神社、無人神社問わず置かれていることが多い石です。神社参拝が好きな方は一度や二度、見たことがあるのではないでしょうか。これは何か神仏が祀られている訳ではありません。百度石と言われるもので、お百度参りの目印です。この石を目印にして、神仏に対して100回参拝するというものです。

いろいろな参拝法がありますが、お百度参りは体力、精神力共に使う、一種の修行ともいえる参拝方法です。神仏に対して感謝を伝えたい方、本気の願いごとがある方は、知っておいて損はないと思います。

目次

お百度参りとは

そもそも、この記事を書いている私がお百度参り(100日参り)を知りませんでした。

知ったのは師である山伏さんの助言です。当時私は、不可思議な現象に悩まされており、それを解決するために、お百度参りをすすめられたことがあります。

当時は100回参拝すればいいという言葉だけ知っていたのですが、自分が実際にお百度参りを行い、意味などを調べてきました。

簡単に言うと、

お百度参りは民間信仰のひとつで、神仏に祈願するため同一の寺社に100度参拝することを言います。

お百度参りの概要について

お百度参りの祈願の内容は、多くは個人的なものであり、その内容が切実なものである場合に、一度の参拝ではなく何度も参拝することでより、心願が成就するようにと願ったものである。

元は、近くの氏神神社や有名な社寺に、百日間毎日参拝するというもので、これを百日詣という。それが簡略化され、また、百日もかけていられない急を要する祈願があって、一日に百度参るという形で百日詣の代わりとするようになった。『吾妻鏡』などの記述から、鎌倉時代初期には百度参りがあったことがわかり、文治5年(1189年)8月10日条には、奥州追討の祈祷のために、御台所御所中の女房数輩に鶴ヶ岡に百度参りをさせ、また、仁治2年(1241年)7月6日条には、北条氏が鶴ヶ岡に百度願をした、とある。また、『平戸記』には、延応2年(仁治元年 / 1240年)2月11日夜、祇園の社(祇園神社)に百度詣をした、とある。

wikipediaより引用

お百度参りをやったことがある私が解釈する、「お百度参りをやる意味」についてですが、願掛けに対する本気度が試されます。

お百度参りは1日に100回参拝するやり方、100日間連続で参拝するやり方、二種類がありますが、どちらもしんどいです。私の場合は途中で「めんどくさい」「まだあるのか」「早く終わらないかな」と、最初の高いモチベーションとは裏腹に、投げやりな考えが浮かびました。シンプルですが、達成するのは根気が必要です。

お百度参りのやり方について

100日参りのやり方は先に伝えたように二種類あります。

①同じ神社で1日に100回参拝する

②100日間連続で同じ神社に参拝する 

1日に100回参拝するのも100日参り、100日間続けて参拝するのも100日参りです。

また、参拝時に伝えることも二種類あります。

①100回ご挨拶する

②100回同じ祈願内容を伝える

神仏との繋がりを求める方は①を、どうしても叶えたいことがあり、神仏の後押しが欲しい方は②を実行すると良いでしょう。

どちらもしんどいですが、特に「①同じ神社で1日に100回参拝する」は疲労が相当なものになります。

私はどちらも経験したことがありますが、「①同じ神社で1日に100回参拝する」は途中で参拝が苦痛になってしまい、願い事そのものを考えられなくなってしまいました。無の境地に近い状態で参拝することになりますが、これが神仏と繋がりやすい状態なんじゃないかなと思うのです。

私がお百度参りを行って思ったのが、「どうにもならない時、最後の願掛け」でやるのがベストかと。例えば、大切な家族が病気になってしまって、自分ではどうすることもできない。しかし、自分では何かしてあげたい時などです。

お百度参りを行う神社の選び方

私がお百度参りを行った時は、氏神様に「私についている不浄なものをお祓いください」という祈願内容を100日間続けて行いました。晴れの日はもちろん雨でも台風でも(実際に台風がありました)、同じ神社に祈願に行かなくてはなりません。

私の場合は山伏さんから氏神神社を指定されましたが、氏神様でなくても大丈夫です。ただ、現実問題として神社と自宅の距離は大切です。なるべく近くて、あなたが好きだと思う神社に絞りましょう。電車でなければ通えない神社ですと、途中で挫折する可能性が高くなります。

スポーツジムと同じですね。よほどの高い目標が無いと、モチベーションは少しずつ下がっていくのが普通です。

以下はお百度参りでよく聞くQ&Aです。

Q:100日間続けてお百度参りをする中。一日参拝をさぼってしまいました。また1回からのスタートという認識で良いのでしょうか?

お百度参りの途中で何らかの用事ができたり、病気になってしまったり、神社に行けなくなる時があります。これまで行った回数をどうするかというと、「0」に戻すことをおすすめします。

というのも、「心に引っかかり」ができやすいから。

100日間連続で行わなければならないものを、それが達成できず、途中継続してしまうと、「ずる」「不正」のような気持ちが芽生えやすくなります。この「心の引っかかり」があったままでは、邪念のようなものを抱えて参拝することになります。

本気の願い、神仏に対する感謝というものは、そういった邪念がない状態で行う方が良いというのが私の解釈です。中途半端な気持ちを抱えたまま継続するなら、いっそのこと一から始めた方が良いでしょう。

動画はこちら↓↓

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この記事を書いた人

榊研究家/榊セラピスト/YouTuber/鑑定
立正大学心理学部臨床心理学科卒

霊障を発作し、それによる引きこもりの経験あり。
山形・出羽三山神社の山伏に榊を使った浄化法を学び、救われた過去を持つ。今は元気。
書籍:飛鳥新社『悪い気は植物が吸ってくれる』
飛鳥新社『神様がいる神社 いない神社』
神社鑑定、神棚鑑定、第六感を使った鑑定、執筆などがメイン。

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